根のある尺八

禅の響


イノチを ウバウ

イノチを イレル

イノチを トオス


イノチは キク


実態のない心地よい ヒビキを


 どうして尺八は根の部分を切り取ってしまうのだろう。そんな事を考えるようになったのは竹採りをしに行くようになってからだ。加工しやすいのか、造形的に嫌だったのか。しかし、極力、自然そのままの形を活用した方が美しいのではないか。そのような事を考えるようになった。

 もし、僕たち人間に足がなかったら。きっと大変な事だったろう。野菜でも、葉の部分をカットして売っているものには僕は違和感を感じてしまう。伝統工芸的な尺八ではなく、より民族的で魂を感じる楽器を作りたくなった。



それから虜になったように根がついている尺八を作ってみた。まず、根に垂直に穴を開けるというのが難しく、また根の部分は硬く処理する事が一苦労だった。それでも、諦めずに作成する。写真のように、根の部分が他の太い部分に邪魔をされた竹でも、音には何ら影響ないし、むしろ良い音が出る事もわかった。



ものによっては螺髪のように綺麗な物も出来上がった。竹を採るとき、ここまで根を綺麗に採ることは本当に難しく労力がいる事だが、それでも、尺八を作り持った時の感覚は今までの比にならないくらい、命を感じ、また重みを感じる。



1本目の根付き尺八。とても美しいと心から感じる。

より、「虚」の道を極めたく、これから作る僕の尺八を「虚道(こどう」と名付けることにした。(本当は一本一本、名前をつけているのだが。)

そして、尺八道場の同じ「虚道」と名乗ろうと思う。

ただ、楽器を吹く。音楽にするのではなく、命を知る。禅を知る尺八。

僕は、ただそこに身を置きたい。

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