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寒中の吹禅に思う



 箱根の冬は厳しい。特に芦之湯は時折、大雪となります。東光庵での「坐禅と吹禅」の初めての冬。今回は、冬の「坐禅と吹禅」で感じている事を。

 室内。板張りは冷たく、気温は−5℃という時もあります。その中、私はというと、いつもの修行用の長袖にタイパンツ、裸足で行っております。(※参加者は暖かい服装での参加をお願いしております。)

 さて、なぜ薄着かと申しますと、夏場ではわからない発見があるからです。意外に思うかも知れませんが、実は座禅の最中は、とても暖かい気分になります。鼻からは常に湯気が出ている状態で、心地良さを感じるくらいです。しかし、一方、吹禅の最中は手が痺れる程、寒く感じる。この違いの発見が毎回、面白く、内観しています。この違いは何なのか。

 



 坐禅の際、呼吸を通し指先まで気を巡らせる事は比較的容易い。だから身体も暖かくなります。しかし、吹禅の場合、その集中力が私にとって、まだ、分散されてしまう。修行の足らなさを日々実感します。


 その日は、まさに大雪の日でした。室内で通常の坐禅と吹禅を行った後、どうしても雪中での吹禅を試みたい衝動に駆られました。今の実力を知りたいという思いでした。服を着た状態では身体が甘えてしまう。そう思い、上半身の服を脱ぎ、挑みます。


 結果は惨敗です。気を巡らせる前に身体は冷え、自然に体を温めようと呼吸は震えます。足は感覚を失い、痛みを通り越して、すぐに感覚を失います。


 そう。私はどこかで時間の経過が必要と思っていたのです。気を巡らせる時間。私の身体で40分以降から。実際にそうした身体的な時間軸はあるものの、絶対に覆せるものを感じたのも事実でした。


 吹禅は曲にあらず。身体の気を操り、呼吸を音の振動に変換し空間に届ける。修行の道は険しい。そう思った、今日この頃です。今日から3月。残り少ない冬の修行を楽しみます。

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